初対面の人と、ほど良い距離感で話すには|bar bossa 林伸次の「コミュニケーションの保険論」#1

著:林伸次(bar bossa 店主)

コミュニケーションには、予期せぬリスクが伴います。人と話していて誤解される、意図が伝わらない、相手を不快にさせてしまう……そうしたリスクに備えるための"コミュニケーションの保険"を手に入れておけば、少しでも気楽に人と関わることができるはず。

お店で巻き起こる、さまざまな状況下でのコミュニケーションを目にしてきた渋谷の『bar bossa』店主・林伸次さんが、バーという空間で見聞きした経験値をもとに、「コミュニケーションの保険」にまつわるエッセイを執筆する本連載。バーを舞台とした寓話の数々が、誰かの「コミュニケーションの保険」を考える一助となれば幸いです。

※文中に個人名の登場するエピソードについて、ご本人に確認の上で執筆を行っています。そのほかのバー内における描写は、特定の出来事ではない寓話としてお楽しみください。

バーって行ったことありますか? 照明がとても暗くて、長いバーカウンターがあって、カウンターの中にはネクタイをしめたバーテンダーさんがいて、その後ろにはボトルがたくさん並んでいて、カウンターには大人たちがお酒を片手に色んな話をしていて時には明るい笑い声が聞こえてきます。

僕は渋谷で24年間そんなバーをやっていて、カウンターの中から世の中をずっと見ているのですが、バーってお客様によって来店する目的が違うんですね。仕事上のクライアントとの接待で飲んでいる人もいれば、今日こそ彼女に結婚を申し込もうと思っている恋人たちもいれば、仕事のことなんて忘れて、ただぼんやりと美味しいお酒を飲みたいという人もいます。

みなさん、SNSとかメディアの紹介とかgoogle検索とかで、このバーを知ってくれて来店してくれているわけですが、もちろん目的が違えば、このバーとの距離の取り方も違っています。例えば常連さんになって、いつもの席に座ったらいつものお酒が出てくると、「ホッとする。自分の家に戻ってきたような気持ちになれる」というような関係になりたいという場合もあるし、「お店の人と会話なんてしたくない、この場所とお酒の内容は好きだけど、別にお店の人と仲良くなろうとは全然思っていない」という場合もあります。

あなたもありませんか。近所のコンビニの店員さんに話しかけられて、仲良くなって「こんにちは」って言ってしまうような場合もあれば、なんとなく面倒くさい関係になってしまったなあと思って、その店員さんがいない時を狙って通うようになってしまったり、違うコンビニに通うようになってしまったりってこと。ほんと、お店とお客さんの関係って意外と繊細で難しいものなんです。

バーテンダーの僕としましては、「このお客様はバーテンダーの僕と話したいのかなあ。それとも放っておいてほしいのかなあ」っていうのをいつも考えながら接客をしております。もちろん、何回も来店されていて、うちのバーのことはすごく気に入ってくれているんだろうなあとは僕もわかっているんだけど、僕とそんなに会話をしようと思っていないだろうなというお客様とはいっさい無駄な話はしないんですね。

ここで問題が出てきます。「僕と会話をしようと思っているのか、いないのかはどうやって見分けているのか」です。僕はまず最初は完全にこちらからは「注文の受け答えの会話」しかしないって決めています。

うちはワインバーなので、ワインの説明をして、注文をもらって、そのワインをそのお客様の前に持っていって、それで終わりです。「そのワインをどう感じたのか」とか「いつも白ワインをご注文されてますね。白ワインお好きなんですか」なんて言葉は絶対に言いません。お酒を出して、お会計をして、「ありがとうございました」で以上です。「いつもありがとうございます」も言いません。例えばその「いつもありがとうございます」の「いつも」の部分が嫌な方も中にはいらっしゃるんです。覚えられているっていうのがなんとなく嫌な場合もありますし、例えばいつもとは違う女性と来店して「いつもありがとうございます」と言われたら、そのお連れの女性の方が「いつもは誰と来てるの?」って質問される場合もあります。そういう方って、お店の人間がすごく距離があるから安心して来店してくれているという可能性があるんです。

一方で、最初のうちはお酒を飲んでお会計をして帰るだけだったのに、ポツリと「今日は混んでるんですね」とかって言葉を言われる場合もあるんですね。初めてのお客様でもそうですが、そういう「お酒以外のこと」を少しでも話されたら、「この方は距離を少し縮めたいと感じている」という合図なんです。それは「今日は暑いですね」でも「この間飲んだ白ワイン、美味しかったです」でも同じです。僕はそこにお客様からの合図を感じて、「今年は残暑が続くそうですよね」というような言葉を返して、そこから新しい関係が始まります。

そういう新しい関係が始まってしまえば、次回来店していただいたときは、僕の方から軽く「お近くでお勤めなんですか」というようなことを質問してみます。もちろんその言葉は「そのイヤリング素敵ですね」であったり、「ブルゴーニュ地方のことがお詳しいですが、フランスにはしばらく行かれてたんですか?」であったりします。そうやって少しづつプライベートな話をしたり、あるいは「この方はそこまでは話したくないんだな」ということを察して、天気だけのお話までにしてみたり、という風に距離感を調節していきます。





note社の社長の加藤貞顕さんという方がいるのですが、この方、もう十数年以上も前からずっと来店されているんですね。もちろんその当時は加藤さんはまだ出版社勤務で編集者をされていました。うちの場合、どういうわけか開店当初から出版関係の方が多くて、店内で加藤さんに会って、「あれ? 加藤さん、こんばんは。bar bossa来てるんですね」みたいな会話はよくされていたのを横から見ていたのですが、加藤さん本人はいっさい僕には何にも会話はされないお客様だったんです。

そのあと、リーマンショックがあったり、東日本大震災があったりして、それ以前はうちは朝の4時まで営業していたのですが、朝まで飲む人が激減してしまって、営業時間を12時までに変えて、お食事を増やしてみたり、ランチを始めてみたりと色々と試行錯誤していたんですね。

あるいはちょうどその時期、フェイスブックでお店のページを運営できるという機能が始まりまして、僕がフェイスブックで毎日恋愛のことやバー経営のことなんかを書いた記事をアップするようになったんです。

そんなある日、加藤さんがcakesの編集者と来店しまして、そこで突然、「林さん、cakesに連載しませんか」って仰ったんです。今まで十数年間ずっと通ってこられていたのに、本当にひとことも天気のことさえも話さなかった距離感だったんです。それが僕のフェイスブックの投稿を見てくれて、「連載にいいなあ」と判断してくれたようで、じゃあ今度飲みにいったついでにちょっと話してみようという経緯だったんだと思います。

もちろんその後は急激に距離感は縮まりまして、僕の一冊目の書籍の帯も加藤さんに書いてもらったし、noteが始まる日の前日にうちに飲みに来てくれて、「明日、すごいサービスが始まりますよ。林さんも是非使ってください」と言うので、なんだろうと思ったら、noteが始まっていて、僕は開始初日に登録したので、先行者が得をするという状況にうまくはまり、noteでのフォロワー数は増え、多くの読者数を得ることが出来ました。

でも、加藤さんとそういう関係になったのは、僕がずっと距離を置いていたからだと思います。申し訳ないけど、誰でも彼でもすぐに自己紹介をして、自分のアピールをして、名刺を出して、SNSやLINEなんかで繋がろうとする方っていますよね。そんなことはしなくても、人は必要になったらその人に「こういう件で一緒に仕事を始めませんか」って言います。無理して繋がろう、無理して距離を縮めようとせずに、ずっと根気強く心地良い距離感というのを保ってきたからこそ、信頼できる関係ってあります。

人との距離感、大切ですよね。僕はバーテンダーなので、近づきたいっていう合図が出るまでは一切こちらからは距離は縮めません。まあ色んなやり方は人それぞれかとは思いますが、ご参考になればと思います。

※この記事に記載の情報は公開日時点のものです。

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WRITER'S PROFILE
Huuuu
Huuuuはローカル、インターネット、カルチャーに強い編集の会社です。 わかりやすい言葉や価値観に依存せず「わからない=好奇心」を大切に、コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を行脚中。 企業理念は「人生のわからない、を増やす」。

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