特集

2022.07.08

「『助けて』と言ったら善意が押し寄せてきた」河瀬大作さんが考える火災の備え

生きている限り、予期せぬリスクはたくさんあるもの。対する私たちは、どのように備えればいいのでしょうか。今回の記事では、リスクと向き合った方の経験談を通して、備えるためのヒントを得ていきます。

今年6月にNHKを退職し、独立されたという河瀬大作さん。河瀬さんは、2020年2月にご自宅が「火災」に見舞われました。家が全焼するほどの大きな火災でしたが、それから一年後には家を再建し、現在は元通りの穏やかな生活を送られています。

そんな河瀬さんに、火災に遭ってから家を再建するまでの経験についてお話を聞く中で、繰り返し話されていたのは、本当に困り果てた時に「助けて」と言うことの難しさと大切さ。自分たちの生活を立て直すうえで、火災保険への加入と同じくらい「周囲から助けてもらうこと」が支えになったといいます。

河瀬さんがそう力強く話してくれた背景には、火災の苦しみをも超える、人々の善意の束がありました。

話を聞いた人:河瀬大作

株式会社Days 代表。プロデューサー。1993年NHK入局。番組プロデューサーとして「突撃 カネオくん」「ズームバック×オチアイ」「おやすみ日本」などを手がけたのち、2022年7月1日に独立。被災地の復興を考える「FUKKO DESIGN」代表理事。「デザインミュージアム」の設立をめざす「design-DesignMuseum」理事。

「どうせボヤだろう」と思っていた

――火事が起きた当日のことを、教えていただけますか。

火事の日、車で首都高速道路を走ってたら妻から電話がかかってきて。「息子から火事だって電話がかかってきたから電話してあげて」って言うんです。どうせボヤだろうと思いながら折り返したら、息子が泣きながら「目の前でガラスが割れて、ボンボン音を立てて家が燃えてるんだ」って言うからなんとなくザワザワして。

同乗していた仲間に「ちょっと戻っていい?」と言って引き返しはしたけれど、そのときも家の一部が焦げたくらいのことだと思っていました。

でも、家の近所まで来たら後ろからものすごい勢いで消防車が来て追い越していくし、非常線まで張ってあったんです。家の前まで戻った時には出火して1時間くらい経っていたからか、燃え盛っているような状況ではありませんでした。よく見るとガラスが割れてたり、煙が出た跡があったりする感じだったけど、家のかたちもそっくり残っていました。

でも、消火活動が終わって中に入ったら、何も残ってなくて。壁も天井も床も黒いし、消火活動してるから水浸しでぐちゃぐちゃで。さすがにこれは大変だな、ここからどうやって再建するのかなと思いましたね。

――すぐに「どう再建するか」と考えることができたんですね。火事にあった直後というのは、どんな気持ちになるんですか?

最初に頭をよぎったのは、「わぁ、断捨離だ~」と。あとからそれを妻に言ったら、すごく怒られたんですけど(笑)。

それで、家の再建の次に思い浮かんだのは、保険のこと。燃えちゃってるから保険証券がないよなって思って。家のローンを組んだときに会社の共済会に入っていたことを思い出して、会社に電話をかけたらすぐに対応してくれました。ただ、その後も家の再建のことばっかりずーっと考えていました。

で、消火活動が終わって、消防と警察の方の現場確認が一通り終わった頃に、日中からずっと立ち会ってくれてた区役所の方に「被災した方へ」っていうチラシを渡されたんです。家の借り方とか、ゴミ処理をするときの費用の減免とか、住民税の減税とかいろいろ書いてあって、「落ち着いたときに保健福祉課に来てくれたら全部ご案内するんで」って言ってくれて。

ありがたいけれど、自分自身はそれどころじゃなくて、「この家はどうなるんだろう」って考え続けてたんです。そしたらその人に「ところで河瀬さん、今夜どこに泊まるんですか」って聞かれて、そのときに初めて「あ、泊まるところないのか」って気づいた。そのくらい頭がショートしてたんですよね。

――あまりにも非日常の出来事ですもんね。これが終わったら、家に帰ろうかくらいの感覚というか……。

そうそう、目の前に燃えた家があるんですけど(笑)。そこからAirbnbを予約して、とりあえずそこに泊まって始めていくことになりました。それが火事初日の話ですね。

※火事が起きてから生活を立て直すまでの具体的な方法・プロセスについて、河瀬さんは自身のnoteでも発信されています。詳しくはこちら

火事になって困ること、火災保険でできること

――とりあえずの仮住まいを見つけても、やらなきゃいけないことがたくさんありますよね。具体的にはどんな困りごとがあるんでしょうか?

一番大きいミッションは、やっぱり家なんですよ。建て直すのはもちろんですが、家が完成するまでの間の仮住まいを探すのもけっこう大変でした。

区役所の人も「泊まれる場所を区でも確保してます」って言ってくれたんですが、シングルで1部屋5,500円って言われて。うちは5人家族だから1日22,500円、10日で20万円近く、20日間で50万円ほどかかるってことでしょう? これから家を再建するのに、その出費は無理だって思っちゃって。

コロナ禍でインバウンド需要が減ってたこともあって、たまたまAirbnbで5人で1万円くらいの広めの部屋を借りられましたが、それでも2週間で14万円になってしまいますよね。だから早く仮住まいを探さなくちゃと思って、不動産屋も友人も頼ってあらゆる手段で探して、僕の同期が育った初台の実家が空いてるからって、家賃はお気持ちでいいよって言ってくれて。本当にありがたかった。それでなんとか、再建のお金を工面することができました。

新しい家が建つまでは1年くらいかかったので、仮住まいをいかに早く見つけて出費を抑えられるかも大事になってきますよね。焼けた家財道具の処理にもお金がけっこうかかりましたし。

――火災保険に加入されていたんですよね。いろいろお金がかかったと思うんですけど、保険で適用されるのってどの範囲なんですか?

燃えてしまった家の分のお金は出ました。厳密に言うと、家を建てたときの値段がそのまま保険の金額になっているイメージです。あとは、家を解体するお金が少しだけ出ました。

――じゃあ保険が適用されてなかったら……

全然足りてませんよ。保険がおりても、建て替えの費用はもちろん、再建までにかかるお金のすべてを賄えるわけではないので。いろんな人がお金やモノをカンパしてくれて、それでようやく再建に向けて頑張ることができた感じです。

それから、うちは周囲への延焼はほぼなかったですが、それでも隣家の一部を焦がしたり、大きなガラスが隣家の車の上に落ちて、傷をつけたりと、いろいろご迷惑をおかけしたんですよ。火が他の家に燃え移って延焼した場合の補償も、「補償特約」等をつけていない限りほとんどが保険の適用外です。しかも、失火責任法だと、隣人の火事で自分の家に被害が出てしまった人の保証はされないことになっています。つまり、隣人の火事で自分の家に被害が出てしまった人が火災保険に入ってなかったら、その火災については誰も補償してくれないんですよね。

――ますます、自分の力と備えだけでは、どうにもならなかったかもしれないと。

だから、僕は損害保険は入ったほうがいいと思います。保険メディアの取材だからリップサービスしてるんじゃなくてね。何千万円単位の話になるから。

「助けて」は言いにくい、でも言ったほうがいい

――お知り合いからのカンパで何とかなったと話されていましたが、具体的にはどんなサポートを受けたんですか?

まずは火事当日に車に同乗してた仕事仲間が中心になって、僕たち家族を支援するためのFacebookページを立ち上げてくれました。焼けた家の後片付けも、仮住まいの家探しも、家を再建したり家具や家電を買い直す費用も何もかも困っていた僕を見て、「河瀬さんは助けられることが本当に苦手だと思うけど、今は全力で助けられたほうがいいよ」と言ってくれて。

――助ける側の人たちの方から、「助けられたほうがいい」と言ってくれたんですね。見返りのない行動というか、困った時こそ支え合う「共助」の心を感じます。

そうなんです。火事について知った人のほとんどはお見舞いを出したいって言ってくれるけど、どうやってどこに出したらいいかわからない人が多かったし、かといってオープンなTwitterに口座を書くわけにいかないからと、彼らが全部オーガナイズしてくれて。「河瀬さんが火事なんだって」と人から人に伝えていってくれた結果、Facebookページの参加者は結局305人くらいになりましたね。

―― 300人以上の人が、火事にあった河瀬さんのために何かしたいと考えてくれたんですね

そこで家を探してると言ったりとか、Amazonのほしいものリストをつくって貼ったりすると、みんなそれぞれができることで協力しようとしてくれました。焼けた家の後片付けを手伝いたいと言ってくれる人も殺到して、コロナ禍なのに人が集まりすぎてもいけないからって断らなくちゃいけない人もいたくらい。

―― 少し意地悪な質問かもしれませんが、それって河瀬さんに人徳があったから、ってことはないですか?

それはよく言われるんですよ。でもね、僕は必ずしもそうじゃないと思ってる。「本当に助けてください」って言ったら、「助けなきゃ」とDNAレベルで思えるのが人類だと思いますよ。あと、火事ってすごく人に言いにくい話だから、火事になったことをそもそも言う人がいないこともあるんじゃないかな。

火事ってなぜか、やましい気持ちになるんですよね。消防車が来て、隊員の人が周辺の家に土足で上がって消火活動をするわけです。自分の家に火が来るかもしれないとも思うだろうし、火事になると燻製みたいな臭いがして近隣が臭くなるんですよ。人に迷惑をかけることだから、すごく言いにくい。

――河瀬さんも本当は言いにくかったですか?

言いにくかったですよ。助けてと言うことって本当に勇気とエネルギーがいる。でも、僕の場合は火事が起きたってわかった時点で、仲間が側にいたから隠せなかったし、その後も「助けてって言ったほうがいいよ」って周りの人が何回も言ってくれたから言えたのかなと思います。

あとね、誤解を恐れずに言えば、助ける人にも喜びがあるんですよね。それを実感したのは、火事について綴ったnoteを書いたときでした。

河瀬さんが火事について綴っていたnoteのマガジンのトップページ

noteのマガジンのトップページには、「いつか誰かの役に立つと思い」と書きました。いろいろな人が助けてくれて本当にありがたかったんですけど、毎日のように助けてもらってばかりいると、自分が役に立たない人間なんじゃないかと思えてくる。だから、今思えばあのnoteは、自分の尊厳を守るために書いたものでもあったと思うんですよね。

――自分が人の役に立つ、という実感を得るためでもあったんですね。先述した「共助」は「一時的に与えて、いつか返す」というものかと思っていましたが、実は助ける側にも助けられる側にも、救いがあった。

それまで自分が「助けられる側」になったことがなかったからわからなかったけど、人の役に立たせてもらうことで救われてた部分が大きかったんだなって気付きました。そのことに気付けたから、今はみんなの厚意をありがたく受け取ろうとも思えたかな。もらったご恩は生きる中で返していけますしね。

人には「何かしたい」気持ちがあることがわかったから

――火事のときに助けてもらった恩を、今度は河瀬さんがお返ししていくんですね。

そうそう。ただ、火事になったときって、お見舞いにお返ししちゃいけないらしい。「火を返す」という発想があるようで。でも、他の誰かにペイフォワード(恩送り)するならいいと思ったんです。

――現在、河瀬さんは火事の経験を活かして、防災の活動に取り組まれているんですよね。それも、ペイフォワードの1つなのでしょうか。

そうですね。被災地の支援のあり方を模索する「一般社団法人 FUKKO DESIGN」の代表理事として、防災に関するコンテンツをつくってきました。これは火事が起きる前からやってきたことですが、この事業を通じて「人は何かをしたい気持ちは必ずある」ってことを確信したんですよ。

ただね、ほとんどの人が何をしたらいいかわからない。何もできないままだったり、現場では不要なモノを心からの善意で送ってしまったり。だから、僕がやるべきは、支援のメニューづくりだと思って。

FUKKO DESIGNでは、災害で被害を受けたエリアや自治体ごとに復興のためのプロジェクトを計画。多種多様な支援の形を提案してきました。

Amazonのほしいものリストもそうじゃないですか。300円のものから1万5,000円のものまでがズラーッと並んでいて、その中から各々ができることを選んで支援してくれる。これってメニューですよね。してほしいことをメニュー化することが本当に必要な仕事だと思ったんです。

――まさに河瀬さんの火事の経験が活かされていますね。

ほしいものリストに商品を追加した端から、商品を購入してくれるのを間近で見ていましたからね。火事は起きてから最初の2週間が勝負だから、さっき話したゴミ処理や仮住まいの探し方、保険会社との話し方、罹災証明の取り方なんかまでを伴走してあげられる仕組みをつくったら、みんなすごく助かるだろうなと思ったんです。

僕自身も実感しているけど、やっぱり人に対して何かお手伝いして笑顔を見せてもらえると、自分も笑顔になるじゃないですか。人を喜ばせることができたっていう報酬がある。自分の喜びのためと言うと語弊がありますが、けっこう真理だと思ってるんですよね。

おわりに

最後に、火災が起きてから今までで印象に残ったことを聞いてみると、「火事になって大変だったし、もうあんな思いはしたくないけど、人の善意が束になって押し寄せてきたことは人生の財産になった」と答えてくれました。そして、そうした善意は、河瀬さんの「助けて」の一言から始まったものです。

もしもの火災のリスクについて備えるなら、保険に入っておくに越したことはないでしょう。しかし、火災に遭ったあとに最も大切なことは「助けて」と言う勇気なのかもしれません。

取材:日向コイケ
構成:佐々木ののか
撮影:本永 創太
編集:乾隼人

※この記事に記載の情報は公開日時点のものです。

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Huuuuはローカル、インターネット、カルチャーに強い編集の会社です。 わかりやすい言葉や価値観に依存せず「わからない=好奇心」を大切に、コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を行脚中。 企業理念は「人生のわからない、を増やす」。

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