特集

2022.12.09

お客さまの間違いを正す?|bar bossa 林伸次の「コミュニケーションの保険論」#3

著:林伸次(bar bossa 店主)

コミュニケーションには、予期せぬリスクが伴います。人と話していて誤解される、意図が伝わらない、相手を不快にさせてしまう……そうしたリスクに備えるための"コミュニケーションの保険"を手に入れておけば、少しでも気楽に人と関わることができるはず。

お店で巻き起こる、さまざまな状況下でのコミュニケーションを目にしてきた渋谷の『bar bossa』店主・林伸次さんが、バーという空間で見聞きした経験値をもとに、「コミュニケーションの保険」にまつわるエッセイを執筆する本連載。バーを舞台とした寓話の数々が、誰かの「コミュニケーションの保険」を考える一助となれば幸いです。

※文中に個人名の登場するエピソードについて、ご本人に確認の上で執筆を行っています。そのほかのバー内における描写は、特定の出来事ではない寓話としてお楽しみください。

高級レストランで出てくる、フィンガーボウルはご存じでしょうか。手を使って食べる料理が出てきたら、手を使って食べた後、フィンガーボウルに入った水で、その汚れた指を洗うものです。

ソムリエの田崎真也さんが、こんな話をされていたことがありました。レストランに大切な取引先の人と食事に行って、フィンガーボウルが出てきました。その取引先の人が、フィンガーボウルに入った水を、「飲み物」だと勘違いして、飲んでしまったとします。そのとき、僕たちはどうすべきでしょうか。「それはフィンガーボウルというもので、手を使って料理を食べた後に、汚れた指を洗うためのものですよ」と指摘すべきでしょうか。田崎真也さんは、そういう場合は、自分もそのフィンガーボウルの水を飲むべきだと言ってました。なるほど。それがその人への一番のホスピタリティなのかもしれないです。

その取引先の人が、いつか「フィンガーボウルの水は飲むものではない」と気づくときがあるかもしれないですよね。そのとき、彼はどう思うでしょうか。「ああ、あの時は自分の間違いにあわせて、飲んでくれたんだ。優しいなあ」と思うでしょうか。

想像するに、取引先の人は、それから何度かフィンガーボウルの水を飲んだ可能性もありますよね。何度も人前で恥をかいている可能性があるというわけです。だったら、一番最初に、「それはフィンガーボウルというもので、飲むための水ではありませんよ」と伝えるべきだったのかもしれません。どうでしょうか。何が正しいのでしょうか。

バーテンダーをやっていて、こういう「お客さまの間違い」ということがたまにありまして、そのときの対応というのが一番困るんですね。

例えば、「Maker’s Mark」というバーボンウイスキーがありまして、これ「メイカーズ・マーク」と読むのですが、ごくたまに「マーカーズ・マーク」と読む人がいるんです。

そういう方が「マスター、マーカーズ・マークをシングルのロックでお願い」って注文されたとき、僕はどうすべきなのでしょうか。あなたならどうしますか?

①「マーカーズ・マークですね。かしこまりました」とお客さまにあわせる。
これは、上のフィンガーボウルを飲んだ人へのリアクションと同じですね。

でも、想像してみて下さい。バーのカウンターには他のお客さまもたくさんいます。その「マーカーズ・マーク」と注文したお客さまが帰ったあとで、「マスター、どうして彼にあわせたの?」なんて会話になってしまうかもしれません。

②「ええと、メイカーズ・マークですよね。シングルのロックですね」と軽く訂正する。
これが正解と感じる人もいますよね。今後、お客さまは間違わないですみますからね。でも、その人、その瞬間すごく恥ずかしいですよね。二度とそのバーには来店しない可能性もあります。

③「かしこまりました」だけを伝える。
僕は、このスタイルです。こういう場合は、一切それに関しては触れないことにしています。できれば、「うまく聞こえてなかったふり」にしてしまいます。実はバーの場合、お客さまが注文したお酒について「ひとこと、ふたこと」会話するのが常なんですね。例えば、「メイカーズ・マークお好きなんですか」とか「バーボンを飲む若者って減りましたね」とかって風にお酒の話を切り出すのが一般的なんです。

メイカーズ・マークほど有名な銘柄であれば、すでに誰かに間違いを指摘されたことがあるかもしれません。誰かに指摘されてもそう呼び続けるご本人のこだわりや、何かしらの理由があるかもしれませんから、あまり踏み込みすぎる必要はないと思うのです。

でも、その方とは、「Maker’s Mark」については、話さないことにして、すぐに話題を別のことにしてしまいます。もちろんウイスキーの銘柄の話なんかにもしません。二度と「マーカーズ・マーク」とは言わせないようにする、というわけです。そして心の中で「お願いです。いつか気づいて下さい」と祈ります。

しかし、こういう場合もあります。

最近、オレンジワインというワインが流行っているのはご存じでしょうか。

白ワインは、白ブドウを搾って、そのジュースを醸造させたものですよね。オレンジワインは、白ブドウを搾って、そのジュースに、白ブドウの皮も漬け込んで、醸造したワインなんです。白ブドウの皮が醸造するときに、にじみ出てワインの色がオレンジ色になるんですね。そのワイン、ジョージアの古い作り方のワインなのですが、以前はアンバーワイン、琥珀ワインという風に呼んでいたんですね。

そのワインが最近世界で再評価されまして、フランスや日本でも作られるようになったのですが、それを最近は「オレンジワイン」と呼んでいるんです。赤ワイン、白ワイン、ロゼワインに続く、四種類目のワイン、オレンジワインと呼ぶことによって、世界で大流行し始めているんですね。

それで、僕のバーでもこのワインを出しておりまして、僕のバーではメニューに「オレンジワイン」って書いてあるのですが、たまにお客さまで「オレンジワインって、オレンジが入ってるワインかな」って仰る方がいるんです。

初めてオレンジワインという言葉を見た方ならそう勘違いされても仕方ないですよね。

さて、この時、僕はこのお客さまにどうリアクションすべきか考えてみます。

ここで僕は、上の「マーカーズ・マーク」のときのように、「聞こえてないふり」をすべきでしょうか。

あるいは、フィンガーボウルのように、「オレンジが入ってるワインです」とあわせるべきでしょうか。

どちらも正解ではないような気がしますよね。

この場合は僕は、「ああ、最初はそう思いますよね。僕も初めてオレンジワインって聞いたときは、オレンジが入ってるワインなのかなって思いました。ベルギーの白ビールでオレンジピールが入ってるのありますから。そんな風にオレンジピールとかが入ってるのかな、なんて思ったんです。でも、これ実はここ最近流行りだしたワインでして。元々ジョージアの古い作り方なんですけど、白ブドウの皮を漬け込んだ濃い色の白ワインを最近はオレンジワインって呼んでるんです。韓国料理やインド料理にもマリアージュがしやすくて、ソムリエも使いやすくて、今はフランスや日本でもこのオレンジワインって作られ始めているんです。面白いですよね。試されてみますか?」という風に話すことにしています。

これ、もちろんお客さまとしては「ちょっと恥ずかしい瞬間」かもしれませんが、このオレンジワインのようなものって、今世間ですごくホットな話題でして、バーテンダーの僕としては「正しい情報」を伝えておいた方がいいし、こういう伝え方だと、お客さまも「へええ。そうなんだ。面白い情報が知れたね。今度みんなに教えてあげよう」という、良いチャンスにも繋がります。

「オレンジワインってオレンジが入ってるワインかと思ったけど、白ブドウの皮も漬け込んだ、最近流行りだしたワインなんですね」なんて風に書いて、SNSで写真と一緒に投稿してくれるかもしれません。

ですので、このオレンジワインのような、「今、この日本ですごく話題になり始めていて、知らない人もまだまだたくさんいて、間違っているのがそんなに恥ずかしくない場合」に関しては、「僕も最初はそう思ったんですよ」と付け加えてから、正確な情報をお伝えすることにしています。

でもこの「同席している人の勘違い、間違い」を指摘するかどうかって難しい問題ですよね。僕は臨機応変な対応で良いのではと思っています。フィンガーボウルもマーカーズ・マークも全部訂正すべきだと考える人もいるかもしれませんね。

人に指摘するのって難しいですが、状況とか言い方とか色々ありますね。色んな状況を考えて、みんなと話し合うのも、楽しくてコミュニケーションの勉強になるかもしれないですよ。友人や職場のみんなと色んな状況を考えて話し合ってみて下さい。

※この記事に記載の情報は公開日時点のものです。

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Huuuuはローカル、インターネット、カルチャーに強い編集の会社です。 わかりやすい言葉や価値観に依存せず「わからない=好奇心」を大切に、コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を行脚中。 企業理念は「人生のわからない、を増やす」。

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