特集
2022.08.10
MIDORI.soの生む「ただ隣で働ける関係性」が、フリーランスのセーフティネットになる。
会社に入ること、終身雇用されることが当たり前だった一昔前に対して、いまでは自分なりの働き方を模索するべく「フリーランス」として活動する人が多くいます。
ただ、フリーランスだから独りだとは限りません。彼らは時に連帯し、組織というよりも少しゆるやかに、「隣で仕事をしている人」くらいの距離感で働いたり、時にフリーランス同士がチームアップして仕事をすることもあります。
そんなつながりは、彼らにとって企業に変わる「保険」のような存在にもなり得るのではないでしょうか。
東京において、10年以上前にそうした『フリーランス同士がつながり、隣人になれる場所』を立ち上げた人たちがいます。先駆的な場所の名前は、「MIDORI.so」。
中目黒にある、蔦に覆われた一軒のマンションからはじまったこの場所は、いまでは馬喰町、永田町にも展開。当時まだ日本で概念としてあまり知られていなかったシェアオフィスを、試行錯誤しながらつくりました。
ここで出会った多くのフリーランスたちは、時に1つの仕事をフリーランス同士でシェアしたり、「こういう職能の人がチームに入ってくれたら…」というメンバー探しを、メンバー同士で行ったりするなど、ゆるやかにつながりながら働いてきたといいます。そうして、MIDORI.soは多くの人の「居場所」へと育ってきました。
立ち上げた中の1人は、小柴美保さん。外資系の金融会社で働いていた彼女は、「お金のために働く」働き方に疑問を持ったことから、会社をやめ、仕事とコミュニティが自然に生まれる場をつくったそう。
「MIDORI.soはいま、たくさんの人たちにとってのセーフティネットになってきたと思う」と語る小柴さん。
自身の大きな挑戦を通して、連帯できるセーフティネットをつくった小柴さんに「リスクとの向き合い方」について話を聞きました。
「成り行き」で始めた、先駆的なシェアオフィスづくり
取材で訪れたのは、馬喰町にある『MIDORI.so BAKUROYOKOYAMA』。
1階にはカフェが入居し、3〜4階にはフロアごと借りられる企業向けのオフィススペースがあります。2階のシェアラウンジでは、フリーアドレスで働くメンバーの方々が仕事をする姿が。そんなメンバーの方々と同じ空間で、インタビューを行いました。
小柴さん(プロフィール)
1981年生まれ。京都大学法学部卒。シティーグループ証券入社後、グローバルマーケッツ部にて日本株の取り扱いに従事。2011年に退社後、2012年にIDEE創業者の黒崎輝男氏らとシンクタンクMirai Institute株式会社を設立。シェアオフィス「MIDORI.so」を立ち上げた。現在は中目黒、永田町、馬喰横山の3拠点を運営する他、シェアオフィスの立ち上げや運営支援を行なっている。
――はじめてお伺いしましたが、開放的な雰囲気で素敵なシェアオフィスですね。いまは何人くらいの方がメンバーでいるのですか?
馬喰横山だけで50人くらいですね。ただ、みどり荘は中目黒と永田町、渋谷にもあって、行き来できるので。出入りする人の数で言うともっと多いかも。
――そもそも、MIDORI.soを立ち上げられた10年前は、こういう「人々が交流するシェアオフィス」みたいな概念がなかったわけですよね。どうして小柴さんは、この場所を始められたんですか?
シェアオフィスをはじめた理由は、本当に「成り行き」としか答えようがないんですよね……
――成り行き、ですか?
そうなんです。もともと私は外資系の金融会社で働いていたんですが、「給料はいいけれど、お金を使う時間もない」という自分の働き方にだんだんと違和感を持つようになって。
当時、デザインシンキング的なことに興味があったので、デザイン的な思考を学べる『スクーリングパッド(※1)』という学校に通い、そこで出会った人たちと一緒に新しい企画や事業を考えるようになって、それから会社を辞めました。
※1 スクーリングパッド…廃校となった中学校校舎の再利用施設『IID世田谷ものづくり学校』内に開校された、大人のための学校。元IDEEの黒崎輝男氏が創立し、デザインや飲食業などさまざまな授業を開講。2014年に「COMMUNE 246」を本拠地として移転し、現在は『自由大学』となっている。
――そこで考えた事業が、現在の「MIDORI.so」になっているんですね。
ただ、最初からシェアオフィスをつくることが目的ではありませんでした。ある時、知り合いのデザイナーから「中目黒で面白い建物を見つけた」と連絡が来て。
ちょうど自分達でオフィスを持ちたいと考えていたので、見学に行きました。そうしたら、想像してた以上に建物が大きくて(笑)。
「ちょっと大きいから、シェアオフィスにしよう」「いろんな人が交流する『トキワ荘』みたいな場所になるといいよね」って、割ととんとん拍子で話が進んで。一旦はシェアオフィスという働き方で何かをやってみようと。
――場所ありきで、シェアオフィスの構想が始まったんですね。
そうですね。物件が見つかる前は、「シンクタンクを作ろう」と考えていたんです。『世の中がどうなれば良いのか』と考える時に、何が問題なのかわからないままに答えを求めようとするのはおかしい。だから、「何が問題なのか」を考えながら実践に移せるような組織をつくろうと漠然と話していて。
MIDORI.soでは、その「何が問題なのか」を考えたり実践したりする部分、つまり「人それぞれが生き生きと働ける働き方とか、場所ってどういうものなんだろう?」という問いに向き合うために活動している形ですね。シンクだけじゃないけど、シンクタンク的なものです。
――「誰かが生き生きと働ける場所」を目指すMIDORI.soは、一体どんな場所になっているんでしょうか?
そうですね。私は、MIDORI.soが「企業に変わるセーフティネット」になっていくと思うんです。
――オフィスが、セーフティネットに……?詳しく聞かせてください。
場に生まれるコミュニティが、自営業者のセーフティネットに
――そもそも『MIDORI.so』は、フリーランスの方々からの評価がすごく高い印象です。シェアオフィスについて話すとき、「MIDORI.soみたいな〜」と話す方をよく見かけるので、それだけ特別な存在なのかなと。
――そんななか、先ほど言われた「MIDORI.soはセーフティネット」って、どういう意味なんでしょう?
かつての企業は、「就職すれば老後まで面倒を見てくれる」という終身雇用の制度もあったと思います。でも、フリーランスとして働く人たちにそうした保証はなかなか存在しない。
仕事がドッと来る時もあれば、仕事に恵まれない数年間だってありうる。知人のデザイナーのなかには、「自分が旬のうちに稼いでおくしかない」と常日頃から言っている人もいるくらいで。
それに対して、MIDORI.soにいることで、本当に困ったときは誰かが助けてくれるような機会をつくっていければと思っているんです。
――フリーランス同士での助け合いというと、仕事をシェアするとか?
それもそうなんですが、もっと細かいことでもいい。
すごく極端にいえば、夜中に働いていて急に体調が悪くなって救急車を呼ばないといけない…というシチュエーションに置かれたとき、もし自分ひとりで借りたオフィスで作業をしてたら、どうなるだろうと思う。でも、シェアオフィスにいれば周りも助けてくれるじゃないですか。
――シンプルに「隣に人がいる」ということが、働く上では安心材料になるんですね。
もちろん、仕事の上でも「MIDORI.soにいることで助け合える」という状態を作りたいし、相談にも乗りたい。
やっぱり、たまに困ってそうな人がいることに気付くんですよ。個人の仕事でも、波に乗っている時と「最近仕事がないかも」って時があるじゃないですか。
そういう時に、シェアオフィス内の自然な会話から自然と仕事が生まれたりもするんです。
シェアオフィス内で毎週開催されているランチ会では、みんなが「最近、仕事どう?」「こういう職能の人をさがしてるんだけど、身近にいない?」「誰々さんが、デザインの仕事があるって言ってたよ」といった自然な空気のなかで仕事の話をしているので、タイミングと職能があえば仕事につながる。
――同じ場所で日々働いている人同士の関係性のなかから、自然と新しい仕事が生まれる。仕事をシェアしあうという互助の関係性も、セーフティネットになっていますね。
「この仕事、一緒にやらない?」みたいにアサインが決まったこともありますし。仕事も一方通行というよりは、蜘蛛の糸みたいに広がっていく感じですね。
こういう状況を作っているのは、シェアオフィスの側としての下心もあります(笑)。そういうことをきちんとできれば、メンバーの方々としてもいる意味があると思ってもらえるから、この場所を好きでいてくれるかなって。
――人が集まるから機会が生まれるし、機会があるから人が集まる。いい循環が生まれているんですね。
特にクリエイターやデザイナーといった職種の人たちは、独立している人も多かったし、独立したものの、どうしたらいいかわからないという人もいた。
そういう人たちが、「シェアオフィスに集まれば、お互いにいろんな仕事を分け合えるんじゃないか?」と肌感覚で考えてくれて、集まってきたんだと思います。
――そこにいる人同士が「対等な関係」という前提があるからこそ、お互いの保険になっているんだなと感じます。
ただ、ごく稀に「ここに来れば仕事がもらえるんでしょ」という気持ちでメンバーになることを希望される人もいて。そこまで下心があると、コミュニティには合わないなと思います。
自分を確立して生きていけるだけの仕事がある程度あって、その上でコミュニティと関わることで、プラスアルファの仕事や活動が生まれるんです。だから、自分もコミュニティのメンバーに対して与えるもの、シェアするものがあったほうがいいから。
「コミュニティオーガナイザー」がつくる、共同体の安心感
――1人で仕事をするフリーランスの人たちが集まって、つながるようになっていった。なぜそういうつながりが生まれたんだと思いますか?
特別なルールを設けている訳ではないんです。常識のある大人が集まって、互いに迷惑をかけなければそれでいい。いまの言葉でいう「コミュニティを作る」と意識するんじゃなくてただそこに集まっている人たちが、仲間になればいいと思っているから。
――とはいえ、複数の人が同じ共同体に集まると、何かしらの不調和だったり不具合が起こりうると思うんです。そういうリスクにはどう対処しているのか、気になります。
実は、シェアオフィスの会員同士のコミュニケーションを加速させるために、「コミュニティオーガナイザー」という役割のスタッフがいます。MIDORI.soのメイン業務でもあります。
たまに、「とっかかりがなくて、周囲と話せない」というメンバーがいるので、他のメンバーと繋いでもらうようにしていて。あとは、メンバーから料金をいただいてるので、きちんとオフィスとしての快適さは担保するという仕事もありますね。
――人と人の間に立つ「コミュニティオーガナイザー」という仕事、とても難しそうですね……。
難しいのが、この仕事は「接客業じゃない」ということ。お金をいただいているので友達ではダメなんだけれど、お客様よりは友達に近いフラットな距離感が必要で。
十年前はほとんど聞かなかった「コミュニティオーガナイザー」という仕事もいまでは普及してきて、元販売員や元CAの方がその職に就くこともあるそうです。ただ、あまりにも「お客様」としての接し方に慣れていると大変だろうなとは思います。
「お客様なんだからこうする」というよりも、「相手にはよくしてあげる」という感覚です。そうすれば、お金は後からついてくるのかなって。
――なるほど、ギブアンドテイクというよりは、「ただそこにいる、良い隣人である」みたいなことでしょうか。
そうですね。それに、コミュニティオーガナイザーが深入りしすぎないことも大切だと思います。
例えば「Aさんの言う意見ばかり鵜呑みにする」となると、無用なトラブルの元になりますよね。だからこそ、フラットでドライでいないと。お節介とも違うし、関わり方が上からになってもいけない。
コミュニティオーガナイザーとメンバーの相性なんかもあると思うので、固定にせずに複数人のオーガナイザーが複数箇所を巡回する形で働いてもらっています。今日は誰々さんが馬喰横山で、誰々さんが永田町で、みたいな。
――「場をオーガナイズする」ということに対してとても細かい配慮があるんですね。このコミュニティオーガナイザーという職能の方がいて、メンバーと対話をすることで避けられているリスクはとても多いと思います。
そうかもしれないですね。一方で、メンバー自身が「場所に対して声を上げる」というのがとても大事なことだと思っています。それはつまり、自分の場所として認識しているということなので。
ただ「シェアオフィスを間借りしている」と思ってしまうと、例えばゴミが落ちていたら「汚いな」で終わる。でも、「自分たちの場所だから、ゴミがあれば自分で拾う」くらいまでの意識になってもらえると、運営もしやすいから。
――お客様としてではなく、自立した個人としてその場にいてもらうことが、「人がつながる、セーフティネット的な場所」になる第一歩なんですね。
コミュニティ創立者の、ネクストキャリア
――MIDORI.soの「人が集まる」性質と「フラットに関わり合う」性質が、この場所を「フリーランスのセーフティネット」にしてきたんだなと感じます。小柴さんは運営側として、MIDORI.soに起こりうるリスクとどのように向き合っているんですか?
リスクの芽みたいなものを、徹底的に潰すということでしょうか。日報とか定例を見るだけで、「ここやばいかもな」って思うようになるので。
一方で、ずっとどこか、「何か失敗してもリカバーすればいいや」って気持ちはあるんですよね。自己肯定感のようなものとして、自分のなかにある。だからリスクや不安を感じにくいのかも。
――MIDORI.soという場所が無くなるかも、みたいなリスクを感じることはありませんか?いまはシェアオフィスの競合もかなり増えていると思います。
競合のことはあまり考えたくないんです。そもそもみどり荘は「シェアオフィスってどうなるのか」というより、「これからの働き方はどうなるのか」を考えたり、実践したりしたい、というところから始まっているから。
極論をいえば、MIDORI.soが場所じゃなくなってもいいと思ってるんです。ECでもいいし、ただのサロンでもいいし。何らかの形で、自分達の考え方と実践の内容を伝えていければそれでいいかと思って。
――フリーランスの人たちのセーフティネットとしても機能しつつあったMIDORI.soが「場所」じゃなくなったら、何が「MIDORI.soらしさ」として残るんでしょう?
前にメンバーで話していたのは、「MIDORI.soって、教会みたいだよね」という話でした。
「なんで働くのか」という問いがあって、中目黒や馬喰横山やそれぞれの場所が教会で、コミュニティオーガナイザーが牧師としている。そこが、一人一人が生き生きと生きるきっかけになればいいなと思っていて。
コミュニティって何かと言われても難しいけど、いい仲間に出会えるとか、今日面白い人に会ってしゃべったとか、面白いきっかけがあったとか、そういう伏線をいっぱいつくれたらいいなと思うんです。
やっぱり、「人と会うことって大事」ということ、「そこから仲間が生まれる」ということは注視していきたいですね。そこから、セーフティネットのような機能と役割も生まれると思う。
――人と人のつながりをつくる仕事は、これからも社会から求められていきそうですよね。
実際に、いまもたくさんの企業から相談が来ます。多いのは「コロナでオフィスに人が来なくなったので、たまに集まれる時に何をすればいいのかわからない」というもの。人との繋がりはみんな求めているんだなと思いますね。
ただ、よく思うのは「イベントをすればコミュニティが生まれる」というのは勘違いだな、と思うんです。そんなに簡単なことじゃないんです。
何かをやる前にKPIが決まっていて、実施したら綺麗な結果がある……という、そういう社会にみんな慣れすぎているんじゃないかなって思います。でも、実際の社会ってそうじゃないじゃないですか。
――言葉にできなかったり、数式みたいなものに表せない部分があると。
そう。ちょっとしたズレがあるだけで、人と人ってつながれなかったりする。その隙みたいなところに対する実践を、これからもやっていきたいですね。
おわりに
「それぞれが生き生きと働ける場所をつくりたい」。そうした思いのもと、実験と実践を行うために生まれた「MIDORI.so」。
いつしか、フリーランスの人々に機会と隣人をつくる場所になっていました。
独立した個人同士が関わり合い、ランチをしながらでも新しい仕事や挑戦の機会が生まれる。そんなシェアオフィスは、フリーランスにとっての前向きなセーフティネットになっているようでした。
取材・執筆:Huuuu
撮影:飯本貴子
編集:Huuuu
WRITER’S PROFILE
Huuuu
Huuuuはローカル、インターネット、カルチャーに強い編集の会社です。 わかりやすい言葉や価値観に依存せず「わからない=好奇心」を大切に、コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を行脚中。 企業理念は「人生のわからない、を増やす」。