特集

2022.10.28

頂に立ち続け、人生の幸せを探る。将棋棋士・渡辺明名人(棋王)の「保険観」

「保険」という言葉に、あなたはどんなイメージを抱いていますか?
人生という冒険を歩んでいく上で、リスクを恐れず立ち向かうこと、そして万が一に備えて「保険」をかけることは重要です。各業界のトップランナーがいかにしてリスクと向き合ってきたのかを語る本企画。彼らの自由な発想が、あなたに合った保険との付き合い方を見つける一助になるかもしれません。

さっこん、注目を集めている将棋。現在、現役では170名ほどの棋士がその将棋を生業にしていますが、彼らは日本将棋連盟に加入し、対局料や賞金、そのほか講演料などを収入源に、個人事業主というかたちで活動をしています。

なんの保証もないなかで、自分の実力のみを頼りに勝敗の世界で生きていく――そんなシーンに身を置く棋士は、生活の面においても、勝負の面においても、“保険”に対してどんな考えを抱くのか。AIを駆使した研究が用いられるなど、時代が移りゆく中でトップを走り続ける、渡辺明名人(棋王)にお話を伺いました。

渡辺名人は、史上4人目の中学生棋士として注目を浴びながらプロ入り。弱冠20歳でタイトルを獲得してから18年もの間、一度も無冠になったことがなく、圧倒的な強さを見せつけるトップ棋士です。

将棋界の頂(いただき)に立ち続けるからこそ見える冒険と保険観は、どのようなものなのでしょう。令和を生きる棋士の幸せを考えるインタビューです。

話を聞いた人:渡辺明(わたなべ あきら)

将棋棋士。1984年東京都生まれ。小学1年から将棋を始め、2000年に史上4人目の中学生棋士に。2004年、初めてのタイトルとなる竜王を獲得。その後も活躍を続け、2020年に名人位を獲得し、現在まで3連覇中。棋王位は10連覇中での、引退後に襲名する永世竜王と永世棋王の資格を得ている。タイトル通算獲得数は、羽生善治、大山康晴、中原誠に次ぐ歴代4位となる31期。妻は漫画家の伊奈めぐみ。日常生活をエッセイ漫画として綴った『将棋の渡辺くん』も好評連載中。

若いときは冒険みたいにワクワクしたんだけど……いまは見栄とプライドです。

――渡辺名人の日常描いた漫画『将棋の渡辺くん』に、100g単位で体重維持に気を付けているという描写がありストイックな姿勢に驚きました。体型維持も勝負のうち、というお考えでしょうか?

30才を過ぎてから、なるべく同じ体重でいられるように食事や運動など心がけているんです。将棋ってずっと座っているので、歳を重ねるにつれ足腰が痛くなる話をよく聞くんですよ。それに、棋士の先輩方を見てきて、40代ってターニングポイントになる年代だと思っていて。体力的な衰えや、脂が乗ってきた若手からの突き上げもあるのかなと推測しています。

――棋士として生きる上での脅威というと、年齢や体力ですか?

脅威かぁ……自分の場合は恵まれた棋士生活を送ってこられたので、ある程度やりきったみたいな感覚もあるんです(笑)。なので、あまり脅威というものはないですかね。あとは、どこまでパフォーマンスを維持できるか。

――パフォーマンスを維持するためには、体力面とモチベーションも大きいと思います。以前インタビューで「将棋が好きだからではなく仕事だから続けている」とお話しされていて衝撃的だったのですが、モチベーションに変化が?

年齢によって変わってきました。棋士になったばかりの頃は、上がっていく過程が冒険のような感じでワクワクするんですよ。若くて失うものがないなかで、対戦したことのない先輩方と戦える。勝てばステージが上がるし、対局料もたくさんもらえる。それは楽しかったです。でも追われる立場になると楽しみは減っていって、“やらなきゃ”という感覚になりました。その辺から、あまり将棋が好きじゃなくなった(苦笑)。

――少し寂しくも響きますが、では、いま渡辺名人が将棋と向き合うパワーの源はどんなものでしょう?

30過ぎてからは、プライドと見栄が大きいですね。成績が落ちていかないように頑張っていくぞって。もちろんファンの方の期待に応えたいという気持ちもありますが、ある意味同じことのように思えます。これは20代の上がっていくモチベーションとは少し違います。

――タイトルを獲得して到達する頂(いただき)は、安住の地ではなく追われる地なんですね。

まず、タイトルを取ると見える景色は変わります。言い方は悪いですけど、チヤホヤしていただくので(笑)。ただ、タイトル戦は1年に一度あり、負けると元の位置に戻ってしまう。もちろんやり直しも効きませんし、その落差はすごいです。初めての防衛戦では、その恐怖心みたいなものはありました。

――恐怖心とはどのように向き合い、対処していますか?

研究や勉強をする、それしかないですね。だから“させられている感”が出るのかもしれません。失うものがない挑戦する立場と、受け身になるしかない防衛する立場では、メンタルはぜんぜん違いますから。注目度が高い勝負ゆえのストレスやプレッシャーは仕方がないものとして受け入れています。

――そのような大一番で、勝ちにこだわるからこそ保険をかけた手を指すこともありますか?

将棋においてはよく「保険をかける」という言葉が出てきます。それは、失敗したときのリスクをどう取るかという話ですね。どちらの手を指しても勝つのはわかっているんですけど、一方はちょっと間違えると負けてしまう可能性があり、もう一方は少しくらい間違えても負けにはならない。

当然、保険が効いているほうは勝つまでが遠回りですが、そうでない方は一発で勝ちきることもできる。どちらも勝てると分かっていても、大きな勝負になるほど保険をかけたくなることはあります。

――将棋界では、AIを用いた研究が主流です。常に最短ルートで勝利への道筋を導き出すAIとは、異なる点ですね。

AIには保険をかける発想はありませんが、人間には恐怖心がありますから。本当は最短ルートを選ぶべきでも、持ち時間が迫っていたりすると、読みに確証が持てず保険をかけてしまうこともあるんです。あとは、その勝負の重みもありますね。よく「どの対局も平常心で」なんて言いますが、勝負が重くなればなるほどつまらない読み抜けで負けたら馬鹿馬鹿しいという心理も出てきちゃいますし。やっぱり、一発では負けたくないから。

――強さと、保険をかける・かけないのバランス感覚は比例するものですか?

うーん、ほぼほぼ比例するんですけど、その棋士のやり方によりますね。まったく保険かけない人もいれば、危ないところには行かない人もいます。私はできれば安全なほうに行きたいんですけど、終盤で大丈夫だと思えば最短ルートで進みます。自分が経験を重ねてきたからこその計算と、余裕があるからできることです。若い時は、重要な一戦でそれをするのは怖かったんですが、今は年齢的にも精神的にも余裕が出てきたんだと思います。ただ、「怖い」という感情は未だにありますね。

――渡辺名人は、盤上以外でもあまり冒険はしないタイプに見えます。タイトル戦のおやつはチョコレートケーキかチーズケーキと決められていて。

「思ってたのと違った!」って、外れるのが嫌なんです。気分的に落ちるし、それが対局に影響するかもしれない。そこで何を食べるかも、計算のうちです(笑)。

――なるほど! では、大の虫嫌いなことが有名ですが、自然相手はさすがに計算しにくい部分も……?

でもある程度は予想していますよ。例えば高層階のホテルにはあまり出ないだろうと予想していますが、庭園に面した対局会場などは「来るかも」って身構えています。想定していないものは脅威ですが、想像しうるものはできるだけリスクを減らせるよう、調べて対策を立てるんです。将棋はあくまで対局者がふたりで行うもの。知っている棋士同士での戦いが多いので、ある程度のデータや過去の実績があり、不確定要素は少なく、それぞれの思惑の範囲内です。そういった意味で、そんなに想定していないことは起きない。

――そういう先を見通す力、将棋的にいうところの“読み”は、人生においても重要視されているんですね。

つねづね大切にしていますね。自分が棋士になったのは16歳ですが、社会に出たのは19歳くらいという感覚です。初めてタイトル戦の舞台に立ってから。スポンサーとも会う機会が増え、将棋界全体のことを考えるようになりました。そしていろいろな経験をし、20代後半くらいからでしょうか、人生を考える余裕が出てきました。やっぱり羽生世代(羽生善治と年齢が近い強豪将棋棋士を指す呼称)といわれた先輩方が、40代になる時期を見ていたのもありますね。自分は何歳まで将棋をやりたいかとか……理想通りにはいかないのでしょうが、プランを立てるようにはしています。

――棋士は、日本将棋連盟に所属する個人事業主という形態ですよね。一般的に、個人事業主の場合はあまりロールモデルがないと思いますが、棋士の場合は先輩や師匠、時代は違えどロールモデルがたくさんあるのかなと思いました。

ああ、そうですね。だから後発組が有利なところはあります。一番は技術面。先人の足跡・棋譜などを見られるのが有利です。あとは先輩たちがどのような要因でピークを過ぎていくのか、成績などから推測して自分はどうだろうと省みることもできますから。

――脈々と続く歴史や伝統があり、今の自分があるということですね。棋士が、将棋の普及に力を入れたり、師弟関係や一門の絆を大切にされるのも納得です。

基本的に、先輩方のマナーや技術を“見て盗む”んです。棋士は会社員ではないので、新人教育のようなカリキュラムはありません。そしてよほどのことがない限り、対戦相手に何かを親切に教えることもないので、“見て盗む”を昔からやってきたんだと思います。たとえば、タイトル戦の前夜祭(対局前日にスポンサーやファンが集い激励するイベント)での振る舞い、和服を着る際の所作……そういうものを学び、自分も後輩に伝える側になる。受け継がれていくんです。

AIが登場した将棋界で、人生のどこに幸せを見出す?

――渡辺名人が、戦い続けるうえで欠かせないものは?

モチベーションと同じで、見栄とプライドですね。誰も見てないんだったらやらないし(笑)、見られているからやるというか。アスリートは体を仕上げていかないと結果が出ないと思いますが、将棋は頭脳を使います。極端な話、1ヶ月サボって対局に行っても、訓練して行っても、観ている人にはそれが伝わりにくい。それに、研究がどれくらい結果に反映されるかは自分でも把握しづらくて。じゃあ、なんでやるかというと、見られているから、応援してくれる方がいるからだと思います。

――研究の仕方も時代とともに変化してきたと思いますが、いかがですか?

AIがなかった時代は、対局前の1週間は何をやっても大差なかったと思うんです。研究が正しいのか検討する術もなかった。それに気づいていたので、自分も当時は精神論と捉えてやっていました。でも今はAIがあるので、対局に向けてプランを練りやすくなり、もはや無意味な研究ってなくなりましたから。より多いパターンを知っている方が有利。だからみんなギリギリまで掘るんです。それは意味のある行為だと思いますが、若い棋士たちは20年前の僕と比べて求められる研究が変わって、忙しそうですよね。

――1分1秒でも多く研究に費やせば、そのぶん正解を知れる。令和の働き方改革とは真逆をいくような……。

ああ、そうです、そうです。本来であればAIって人間を手助けするものですが、それと逆行するかたちで、現代の棋士は明らかに大変になっていますね。その大変さもあって、自分は研究が好きじゃないんです。昔は研究で忙しいということはなくて、いかに体調を整えて対局日を迎えるかが大事でした。今は体調よりも、とにかくやらないと間に合わないという状況だと思います。もう慣れたのですが、AIで研究を始めた頃は「穴を潰していかないと研究が成り立たない」「時間が足りない」という感覚でした。僕はアナログ時代とテクノロジーを使う時代の過渡期の世代なので、とてもギャップを感じています。

――その膨大な研究に立ち向かうモチベーションが、見栄とプライドということですね。

もちろん、クタッときちゃうときもありますよ。タイトル戦は3ヶ月ほどの期間をかけて戦うのですが、終わったあとは「1ヶ月くらい、もう将棋はいいかな」って(笑)。朝から晩までパソコンで研究するのを数ヶ月続けると、明らかに目が疲れます。じゃあパソコンを離れて将棋盤でといわれても、もう戻れないんですよ。やるしかなくて。明らかに現代の棋士は目が疲れていると思います。そういう点もあって、棋士が第一線で活躍できる期間は短くなっていくような気がするんですよね。

――さきほど、ピークは40代とおっしゃっていましたが?

今までは40代で、という考えですね。今後は40まで持つのかなと。そういう生活を10代半ばから30年間休みなく続けるには、よほどメンタル・体力が強い人じゃないとできないんじゃないかなと思います。昔は空いている時間全て将棋につぎ込む人も少なかったので、趣味や遊びも多くてバランスが取れていたと思うんですけど、今はそういう感じでもないので。

――昨今話題に上がる、人間としての幸せ、“ウェルネス”や“ウェルビーイング”というワードを、棋士の生き方において考えるということですね。

やっぱり、人生において何を目指すか、どこに幸せを見出すかによると思います。自分は、仕事って人生を幸せに過ごすための手段だと捉えています。そう考えたときに、毎日パソコンを見ている生活のどこに幸せを感じるか、得たお金をどう使って幸せを叶えていくか。そこも含めて、今の棋士はバランスが難しい時代になってきていると思います。周囲は将棋に打ち込み勝ち続けることを期待ますが、棋士本人にそれが幸せかというとどうでしょう。今後どうしていくのかが課題で、自分たちの世代が後輩に何かを残していくのかもしれません。

取材・執筆:藤田華子
撮影:村上大輔
編集:Huuuu

※この記事に記載の情報は公開日時点のものです。

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Huuuuはローカル、インターネット、カルチャーに強い編集の会社です。 わかりやすい言葉や価値観に依存せず「わからない=好奇心」を大切に、コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を行脚中。 企業理念は「人生のわからない、を増やす」。

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